NYLON100℃ 18thSESSION
「テクノ・ベイビー〜アルジャーノン第二の冒険〜

1999年12月17日〜29日 下北沢本多劇場



お客様へ

 今年初めに書いた「ロンドン→パリ→東京」の時もそうだったが、ナンセンス系の作品を執筆している期間の僕は少々どうかしている。そうじゃないタイプの芝居の執筆期間だってどうかしてるし、うっかりすると執筆していない時ですら充分どうかしているのだが、ナンセンス・コメディを書いているときが最もヤバいと思うのは、実際、「大丈夫ですか?」と声をかけられることが多いからだ。このテの作品に没頭している間、僕はほとんど笑いについてしか考えていない。それも”ある種の”笑いに限られる。”ある種”とは”どの種”なのか。それは御覧頂くしかありません。

 池尻大橋にある大学病院に入院したのは稽古が始まって数週間を経たある日の深夜だった。胃痛を訴える私に若い医師が眠そうな目をして質問する。この1年の間に、僕はこの病院を数回、深夜の救急病院として利用している。夜中の3時や4時に急患の前に現れるのは大抵眠そうな若い医師で、この医者が「こりゃ今すぐ手術でもせんと危ないぞ」と診断したスペシャルな患者にだけ、ベテランの医師があてがわれるのだと思う、知らないけど。ともかく僕が診断してもらうのはいつも若い医師だ。そしてとてつもなく眠そう。そこで胃を押さえながら僕がまず考えたのは、「診察中に眠ってしまう医者」というコントだった。しかしこれは以前似たようなものを何度もやっている。だめだ。ボツ。
 急患は診察室に通れるまで、短くても20分、長ければ30分以上待たされる。厄介なのは、待っている間に、あれほどしんどかった症状がほとんど、あるいは完全におさまってしまうことが少なくないことだ。「どうしました?」「もう治ったのですが、とても頭が痛かったのです。今はおかげさまですっかり良くなりましたけれど、あの時は本当に痛かった。今こうして健康を手に入れた私が思うのは、頭痛がしないと本当に頭が痛くない、ということです。」「不健康だった頃の思い出話を延々、幸せそうな顔で語る患者のコント」はどうだ。いや、もうひとつか。
 そんなことを考えていたら。「入院です。」といわれた。こんな時にまでこんなくだらないことばっかり考えているのはやっぱりどうかしているのか。胃よりも他のとこ診てもらった方がいいのか。
 今回の芝居には、こうして短い入院生活に思いついたくだらないギャグもいくつか盛り込まれている。ナンセンスの世界は恐るべき深い森だ。ぬかるみに足を取られ、蔦にからまり、霧に行く手をはばまれる。気がつくと、末期の鴨川つばめさんのような場所にいないとも限りません。細心の注意が必要です。しかし、一度足を踏み入れたが最後、生きて帰って来た者は今だかつて一人としていない森です。さしあたっての延命処置として入院してみましたが、はたして効果はあったのかどうか。今回の芝居が、人間、死ぬほどしんどい時にだって死ぬほどくだらないことを考えることが出来るのだという証明になればと思います。

 スタッフ、キャストの方々の尽力に言葉もないのは毎度のことです。連日の徹夜、ありがとうございます。池田成志、大堀こういち両氏にも大変助けて頂き、また迷惑をかけてしまいました。勘弁ね。それから、今回は、当初出演を予定していたYOUさんと日替わりゲストで演奏してもらう予定だったPOLYSICSさんが、都合により不参加となりました。関係者並びにお客様には深くお詫び申し上げます。YOUちゃん達はまったく悪くないのです。これからは気をつけます。
 それでは、ま、あまり深く考えずにお楽しみください。
 メリー・クリスマス。
 
 

 ケラリーノ・サンドロヴィッチ