ケラ参加バンド解説
ケラさんが過去・現在にやっているバンドについて解説してみようじゃないか。でもよく知らんのですよ(笑)。
細かいのは省きますが、細かいのも入れてます。情報募集中。ナゴムなバンドの解説はこちら。
伝染病(1981〜1982.4)
ケラはじめてのハンド。メンバーは高校時代の後輩など。
その後有頂天でリリースされる「噂のパッシングライト」やザ・シンセサイザーズで演奏されている「ブロックベイ」や「だいなし」なんかも歌詞は一部違うものの伝染病時代の曲である。
解散ライブは1982.4.6新宿JAM。同日、有頂天の初ライブも行われた。ちなみに筋肉少女帯(当時は筋肉少年少女隊)の初ライブも同じステージである。
有頂天(1982.4〜1991.9)
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ロングバケーション(1991.4〜現在活動休止中)
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ザ・シンセサイザーズ(1995.11〜現在)
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Jトンプソン商会(1996.3〜現在)
ムー(中村哲夫)とのユニット。
ザ・シンセサイザーズの前座としてライブを数回行っている。有頂天の「フィニッシュソング」ロンバケの「雲」RCの「やさしさ」のカバー。サラリーマンという設定らしく、途中で営業(名刺交換)を行ったりする(笑)。解散はしてないと思うが、今後ライブはあるんだろうか。
空手バカボン(1983.5〜現在)
筋肉少女帯の大槻ケンヂ、内田雄一郎とともに組んだテクノカラオケユニット。
ライブではカラオケによる演奏で歌うが、最近のライブではDAT導入により、音質が飛躍的にアップした模様。レコードのリリースはしばらくないが、解散はしておらず、時々イベントなどに出演している。
此岸のパラダイス亀有永遠のワンパターンバンド(1987.5〜1987.9)
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輪廻(不明)
みのすけ、黒住康裕(伝染病)とともに作ったフォークユニット。
活動は1982年頃。ケラ曰く「地を這うフォーク」。すごく暗かったらしい。
クレイジーサーカス(不明)
タボ(Key.)、犬山犬子(G.)、そしてY.T.J.(くまお、中村哲夫、太田明)らと組んでいたバンドでクレイジーキャッツや所ジョージのカバーなどをやっていた。当時犬山は心残御蜜という名乗っていたらしい。活動は1983年頃。
B−MOVIE(不明)
有頂天のケラ、トシ(本城俊章)、エリコ、そして東京モダンボーイズの岡田、山口、東京タワーズの中嶋らによるバンド。
エルヴィス・コステロの曲にオリジナルの日本語詞をつけてやっていたようで、ライブ4〜5回ほどやったらしい。1983年頃活動。
健康(不明)
ケラと犬山犬子のプロジェクト。これが劇団健康の原形なのだろうか。1984年頃活動。
POP MUSIC RETURNS(1994.6〜1994.7)
Vo.ケラ、B.中野テルヲ、Key.みのすけ、Dr.中井敏文、G.清野祐司によるニューウェーヴバンド。
中井はモノグラム。清野は有頂天時代からのローディーである。その他のメンバーはロンバケのメンバー。注目すべきは担当楽器が違う所。みのすけキーボード(笑)。
そもそも発端はと言えば、ケラがP-MODEL時代のビデオを見ていて、また中野のベースが見たい。それだけの事からはじまり、2回のライブを行い解散。アルバムの話もその時あったのだが、それは約束の数々のページ参照。オリジナル曲の他に有頂天の「サングラスにプールを」「一週間」「EAST」「コレクション」それにP-MODELの「CALL UP HERE」「リコリスリーフ」なども演奏した。